大分駅周辺の彫刻シリーズ「完結編」をムービー(4分22秒)としてストリーム配信致します。画像をクリックするとムービーがスタートしますのでごゆっくりご鑑賞下さい。
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11月15日発売 DeAGOSTINI社の歴史を作った先人たち 日本の百人「大友宗麟」の27ページに当ブログ「大分駅周辺の彫刻」シリーズでアップした大分駅前の「大友宗麟公」の写真が掲載されました。
本号の目次構成は
・ライフ&スタイル
・ヒューマンエピソード
・クローズアップ
・人物スクランブル
・後世への遺産
・評伝アラカルト
など、大友宗麟に関する記事が満載で、ビジュアルで読みやすい構成となっております。これで大友宗麟通になること間違いなし。是非一読をお勧め致します。お値段は560円。
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Image Map(Clicable Map) の彫刻名をクリックすると写真がwindowの小窓で開きます。

Image Map のリンク先を小窓で開くタグの記述
赤で囲んだリンクタグの場合は、ウインドウが全画面で表示されます。このリンクタグを青枠のようにタグを変更するとウインドウが指定した小窓で開きます。参考にしてください。
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朝日新聞11月11日の朝刊「大分版」に頭書のタイトルの記事を目にしました。 すでにこのシリーズで紹介しましたように、彫刻は鳥の糞で汚れたり、表面の劣化が深刻化しているのをお気づきの読者の方もおられることと思います。これを、大分大学の学生有志が12日13日の二日間で専門家とともに修復作業に乗り出すとのことです。
この修復作業の代表は大分大学の大学院で美術史を学ぶ彫刻修復の経験者の篠崎未来さんです。
「美術館に購入されれば大切にされるのに、行政が設置したものは道路標識や公園の遊具並の扱い。どちらも美術作品なのに」と嘆いておられるとのこと。
彫刻の修復は、作品の洗浄→着色補整→保護材の塗布の手順で行われ、すべてを専門家に任せると、一件で数十万円かかることもあるそうです。
この活動を市民のボランティア活動として定着を図れないかと考えているとのこと、次ぎの機会には是非参加したいものです。
学生主体の地域貢献事業を公募している大学側も「公共屋外彫刻の問題解決の先例に」との趣旨に賛同し、事業費27万円を支援する。
この件に関する問い合わせは同大学の田中修二研究室 097-556-7596へとの紹介記事が掲載されていました。
次ぎの機会に、修復された彫刻を紹介したい思います。ちょっと心苦しいことですが。
この修復作業の代表は大分大学の大学院で美術史を学ぶ彫刻修復の経験者の篠崎未来さんです。
「美術館に購入されれば大切にされるのに、行政が設置したものは道路標識や公園の遊具並の扱い。どちらも美術作品なのに」と嘆いておられるとのこと。
彫刻の修復は、作品の洗浄→着色補整→保護材の塗布の手順で行われ、すべてを専門家に任せると、一件で数十万円かかることもあるそうです。
この活動を市民のボランティア活動として定着を図れないかと考えているとのこと、次ぎの機会には是非参加したいものです。
学生主体の地域貢献事業を公募している大学側も「公共屋外彫刻の問題解決の先例に」との趣旨に賛同し、事業費27万円を支援する。
この件に関する問い合わせは同大学の田中修二研究室 097-556-7596へとの紹介記事が掲載されていました。
次ぎの機会に、修復された彫刻を紹介したい思います。ちょっと心苦しいことですが。
「生誕」1946年制作
作者:朝倉文夫
このシリーズで紹介した「みどりのかげ」「姉妹」の作者 朝倉史夫の作品です。
この作品は大分市コンパルホールの中央通路に建立されています。
23回に亘って記事にしました大分駅周辺の彫刻シリーズも、いよいよ今回を持って終わりと致します。
大分を訪れる機会がありましたら、是非これらの作品を鑑賞して下さい。一時間もあれば全ての作品をご覧いただけることと思います。
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作者:朝倉文夫
このシリーズで紹介した「みどりのかげ」「姉妹」の作者 朝倉史夫の作品です。
この作品は大分市コンパルホールの中央通路に建立されています。
23回に亘って記事にしました大分駅周辺の彫刻シリーズも、いよいよ今回を持って終わりと致します。
大分を訪れる機会がありましたら、是非これらの作品を鑑賞して下さい。一時間もあれば全ての作品をご覧いただけることと思います。
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育児院と牛乳の記念碑
作者:円鍔勝三
作者の円鍔勝三(1905―2003年)は尾道市御調町出身で1988(昭和63)年文化勲章を受章。御調町に圓鍔勝三の功績をたたえた「円鍔記念館」があります。
ここ府内(大分市)に日本最初の 洋式病院を建てたポルトガルの青年医師アルメイダは、わが国に初のキリスト教を伝えたザビエルが去って3年後の1555年(弘治元年)には既に府内に来ていた。 当時日本は戦乱が続き、国民の中には貧窮の余り嬰児を殺す風習があった。これを知ったアルメイダは自費で育児院を建て、これらの嬰児を収容し、乳母と牝牛を置いて牛乳で育てた。これは近世における福祉事業である・・・・(碑文より)
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作者:円鍔勝三
作者の円鍔勝三(1905―2003年)は尾道市御調町出身で1988(昭和63)年文化勲章を受章。御調町に圓鍔勝三の功績をたたえた「円鍔記念館」があります。
ここ府内(大分市)に日本最初の 洋式病院を建てたポルトガルの青年医師アルメイダは、わが国に初のキリスト教を伝えたザビエルが去って3年後の1555年(弘治元年)には既に府内に来ていた。 当時日本は戦乱が続き、国民の中には貧窮の余り嬰児を殺す風習があった。これを知ったアルメイダは自費で育児院を建て、これらの嬰児を収容し、乳母と牝牛を置いて牛乳で育てた。これは近世における福祉事業である・・・・(碑文より)
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「大分駅周辺の彫刻」シリーズも残り3作品で完結の予定です。
西洋劇発祥記念碑1949/10
作者:船越保武
この地にキリスト教が布教されて9年後の1560年(永禄3年)のクリスマスに、府内(大分市)のキリスト教会では信者のてによって、「アダムの堕落と贖罪の希望」、「ソロモンの裁判を願った二人の婦人」等々の西洋劇が演ぜられた。これが日本における洋劇の最初である。・・・・・・
図は前記、ソロモンの裁判を願った二人の婦人の一場である・・・・・(碑文より)
この碑の作者船越保武は岩手県に生まれ、盛岡中学、東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科を卒業。1950年に盛岡のカトリック四ツ家教会でカトリックの洗礼を受け、その後は、一貫してカトリック信仰を作品の中心課題におき、人間の内面を凝視した、崇高で清潔な作風を確立する。
1962年に完成するまで5年の歳月をかけた「長崎26聖人殉教者記念像」で高村光太郎賞を受賞。
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西洋劇発祥記念碑1949/10
作者:船越保武
この地にキリスト教が布教されて9年後の1560年(永禄3年)のクリスマスに、府内(大分市)のキリスト教会では信者のてによって、「アダムの堕落と贖罪の希望」、「ソロモンの裁判を願った二人の婦人」等々の西洋劇が演ぜられた。これが日本における洋劇の最初である。・・・・・・
図は前記、ソロモンの裁判を願った二人の婦人の一場である・・・・・(碑文より)
この碑の作者船越保武は岩手県に生まれ、盛岡中学、東京美術学校(現・東京芸術大学)彫刻科を卒業。1950年に盛岡のカトリック四ツ家教会でカトリックの洗礼を受け、その後は、一貫してカトリック信仰を作品の中心課題におき、人間の内面を凝視した、崇高で清潔な作風を確立する。
1962年に完成するまで5年の歳月をかけた「長崎26聖人殉教者記念像」で高村光太郎賞を受賞。
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瀧廉太郎像1950
作者:朝倉文夫
「荒城の月」「花」や「箱根八里」などで知られる、日本を代表する天才音楽家滝廉太郎が、少年時代を大分で過ごしたことは、あまり知られていないかもしれません。東京で生まれた後、役人だった父の転勤で横浜、富山、大分などを転々とした滝廉太郎。「荒城の月」は、彼が最も愛した豊後竹田(大分県竹田市)の岡城趾をイメージして作ったといわれています。そして、ドイツ留学から帰国した後、23歳の若さでこの世を去った彼の終焉の地に朝倉文夫の作による「滝廉太郎像」が建立されています。
「荒城の月」「箱根八里」はヴァーチャルうたごえ喫茶「のび」に、「花」はオカリナとピアノ一人デュオコンサートにリンクさせていただいた曲です。
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作者:朝倉文夫
「荒城の月」「花」や「箱根八里」などで知られる、日本を代表する天才音楽家滝廉太郎が、少年時代を大分で過ごしたことは、あまり知られていないかもしれません。東京で生まれた後、役人だった父の転勤で横浜、富山、大分などを転々とした滝廉太郎。「荒城の月」は、彼が最も愛した豊後竹田(大分県竹田市)の岡城趾をイメージして作ったといわれています。そして、ドイツ留学から帰国した後、23歳の若さでこの世を去った彼の終焉の地に朝倉文夫の作による「滝廉太郎像」が建立されています。
「荒城の月」「箱根八里」はヴァーチャルうたごえ喫茶「のび」に、「花」はオカリナとピアノ一人デュオコンサートにリンクさせていただいた曲です。
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